「ほー今日も不景気だねぇ。不景気は困るよ。誰も不倫しなくなっちまうんだから」
　動かすたびに筋や骨の鳴る、寝起きのくたびれた体をソファに深く沈め、朝刊に独り言を吐き捨てながら歯磨き代わりにショッポを吹かす。
　とはいえもう昼過ぎなのだから、情報の価値としては新鮮味に欠けてイマイチだが、どうせ俺に来る依頼は家出人捜索が関の山だ。全国規模のニュースが直接的に仕事に関わってくるはずがない。

　今晩も不倫調査が1件。
　旦那は毎日々々朝帰りしているらしい。奥さんの被害妄想もあるかもしれないが、話を聞いた限り黒なので大した案件ではない。ちょいとラブホ街を張っていれば簡単に引っかかる。
　どうせ一発決めるしか頭がないんだからな。
「いやいや、若い女と毎晩遊べるなんざ、金があるところにはあるもんだねぇ」
　ついでに言えば精力もか。
　四十路過ぎてあんだけお盛んなのは羨ましい限りで、もっと正直に突っ込めば1人で女を2人も取るなよ、と叫びたい。特に不倫相手の方は20代前半の美女だから尚更だ。
「ふああぁぁ」
　ターゲットが動き出すのは早くても旦那の終業後。
　よって、俺にはあと5時間は猶予がある。かといって、することはない。散々浮気だ不倫だなんだかんだはやりつくしてきた。今更準備することはない。
「……寝るか」
　眠りが深くなりすぎないようにテレビの電源をオンにすると、昼帯のワイドショーが始まっていた。一体何をそんなに夢中になっているか知らないが、鮮烈なフラッシュが明滅するテレビ画面を鬱陶しく思いながら、ソファの上に体を投げ出して目を瞑る。
　芸能界というものは騒がしいもので、弱小事務所のマネージャーをやっている旧友の相川から黒い噂を色々聞く。とはいっても相川自身が噂好きな上に妄想好きなものだから、常に話半分にしか受け取っていないがね。
「そういや、相川が今度こっちに帰ってくるっつってたな」
　今週だったか来週だったか。
　相川は地元に帰ってくるたびに俺を酒に誘う。
　相川曰く、大人になった今でも青臭いあ子どもじみた夢を追っかけてバカをやっているのは俺とお前くらいだと、迷惑な仲間意識を持たれている。
　単なる芸能人のお傍付きになってはしゃぎまわっているミーハーなやつとは一緒にしてもらっちゃ困る。俺は硬派だからな、ハードボイルドってやつさ。
　確かに稼ぎは不安定で家賃を払えないことも間々あるが、俺のやっている仕事は困ったことに子どもじみてもいないし、夢の欠片もない。
　ま、土産話のひとつやふたつを……例えばアイドルの枕営業話でも肴に用意してくれるというのなら、相川との会合もやぶさかではない。
「……ふぅ」
　口に含んだショッポの煙の輪を天井に向かって放つ。
　子どもの描く煙突のようだな。
　このまま何回も煙をふかし続けていれば子どもの頃のような純真さを取り戻すことができるのだろうか。
「いやー、ダメだ。どうあがいても俺に子どもらしさなんてこれっぽっちもねぇ」
　何せ俺は今晩他人のセックス現場を抑えに行かにゃならん。
　純真な子どもには最も見せたくない場面だ。
　とにかく、俺は相川とは違うってこった。